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テクノロジーが拓く未来の暮らし

Vol.13 月の水資源争奪戦に日本参戦!

写真) ispace CEO 袴田武史氏
撮影) エネフロ編集部

まとめ
  • 月面にある大量の水から水素を取り出せば燃料になる。
  • 日本の宇宙ベンチャーも世界の月面水探査競争に参戦。
  • 水素社会の実現は地球よりまず月で実現する可能性が高い。

2019年4月、NASAが月面付近に大量の水が存在することを発見した。その量は60億トンとも推定されている。水があれば、そこから水素を取り出すことができ、それが燃料になる。月で水を最初に発見した者は、次世代のGAFA(Google,Amazon,Facebook,Appleの頭文字を取ったもの。IT業界の覇者を指す)になるとも言われ、世界各国が水探査にしのぎを削っている。2019年1月には中国が世界で初めて、月の裏側に無人探査機の着陸を成功させたニュースは世界を驚かせたが、日本の月資源開発は今、どのような状況なのだろうか。

写真) 青く写し出される凍った水分(月の南極)
写真)青く写し出される凍った水分(月の南極)

出典) NASA

今回は、約103.5億円という、宇宙ベンチャーとして最大規模の資金調達を実現した民間企業、ispace(アイスペース)CEO の袴田武史氏に話を聞いた。

ispaceのミッション

ispaceは「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」宇宙スタートアップ企業だ。超小型宇宙ロボティクスを軸に、月面の水資源開発を先導し、宇宙で経済が回る世界の実現を目指している。2040年に、1000人が住み、年間10000人が月を訪れる月面都市Moon Valley構想を掲げている。

写真)

提供) ispace

動画) ispace 2040 Vision Movie(日本語)

提供) ispace

ispaceが取り組む史上初の民間月面探査プログラム「HAKUTO-R(ハクトアール)」は、新開発の月着陸船「ランダー」と月面探査を行う「ローバー」を開発し、月面探査を行うプロジェクトだ。

写真)

提供) ispace

まずは、「ミッション1」として2021年後半をめどに月への軟着陸を目指す。次の「ミッション2」では、2023年前半をめどに月への軟着陸とローバーによる月面探査を実施する。物資の輸送は2024年以降、資源開発は2030年以降とみている。

提供) ispace
提供)ispace

出典) ispace

動画) HAKUTO-R

提供) ispace

スポンサーではなく、パートナー

宇宙におけるビジネスの可能性は無限大だ。既に様々なジャンルの企業がispace社のHAKUTO-Rプログラムと提携している。袴田武史氏は、彼らをスポンサーではなく、パートナーと呼んでいる。そのわけを聞いた。

袴田氏HAKUTO-Rのパートナーシップは、もちろん広告価値もありますが、今まで宇宙ビジネスをやってこなかった企業に、新しい取り組みを宇宙で始めるときのプラットフォームを提供しているという側面が強いので、そうした企業の皆様をスポンサーではなく、パートナーと位置づけています。

現時点で、HAKUTO-Rのパートナーは、JAL、三井住友海上火災保険、日本特殊陶業、シチズン時計、SUZUKI、住友商事、高砂熱学工業、の7社。具体的には、JALの成田にあるエンジンメンテナンス工場の一角を使ったり、三井住友海上と一緒に月保険のようなサービスの検討を開始したりしている。今後、パートナーはさらに増えていくだろう。

袴田氏は、人間が宇宙で生活するようになると、生活を支えるすべてのものが宇宙に行くと断言する。つまり、今地球上にあるビジネスは基本的には全部宇宙に行くことになる。つまりあらゆる企業に無限のチャンスがあるということだ。

水探査の秘策とは

ispaceが今取り組んでいるのが「輸送」だ。月に小型軽量のランダー(着陸船)を運び、水の探査を目指す。

写真) ispaceのランダー
写真)ispaceのランダー

「HAKUTO-R」は技術デモンストレーションという位置づけだ。つまり、月における水探査の技術検証といったらいいだろう。しかし、広大な月面で一体どのように探査は行われるのだろうか?素朴な疑問をぶつけてみた。

袴田氏今、水があると言われているのは月の南極とか北極の寒いエリアです。そこに着陸して探査を進めていこうと思っています。カギは探査機を送る頻度です。最速で数多く月面に着陸してデータを集めることが競争優位性を築く大きなベースになりますので、探査機を小型軽量化して、頻度を増やしていこうという戦略です。

何故軽量化かというと、一番コストがかかるのが、打ち上げ費だからだ。月に送る物資の重量に打ち上げ費は比例して高くなるという。ispaceは最初の2回の打ち上げに、アメリカの宇宙ベンチャーSpace X(スペースエックス)社のファルコン9を使う計画だ。SpaceXは、かの電気自動車ベンチャーTesla(テスラモーターズ)などを経営する天才起業家、イーロン・マスク氏の会社だ。

写真) スペースX社のロケット ファルコン9
写真)スペースX社のロケット ファルコン9

出典) Official SpaceX Photos

宇宙開発のカギ「民間活力」

これから本格化してくる月における水の探査。キーワードは「民間活力」だ。アメリカのNASA(アメリカ航空宇宙局)は既に今後10年間で総額約26億ドル(約3000億円)かけた月面への商業輸送サービスプログラム「CLPS」を計画しており、民間企業から公募している。ispaceも米国のドレイパー研究所のチームの一員として選出された。そうした中、2025年あたりが鍵になると袴田氏は言う。

写真) NASAがCLPSについて公表した際の写真
写真)NASAがCLPSについて公表した際の写真

出典) NASA

袴田氏2025年ぐらいにアメリカの有人ミッションや月の宇宙ステーション「ゲートウェイ」が実現化してきます。そうすると宇宙のインフラ投資は民間ベースで始まってくると思います。

宇宙のインフラ投資。壮大な話に聞こえるが、そう遠くない未来に、宇宙に電力や通信の基地やプラントを建設する事が当たり前になるというのだ。確かにそうなると、地球と宇宙の他の惑星間における輸送ニーズが必要不可欠になってくる。現段階で既にispaceのパートナー企業である、日本特殊陶業が固体電池のモジュールを月面に持って行き、技術検証することが決まっている。今後、様々な企業が当たり前のように月で商品開発の実証実験を行うようになるかもしれない。

国際宇宙開発における日本

月に都市が建設される。それはもはや夢物語ではない。その前哨戦が既に始まっているのだ。宇宙産業は2030年代には70兆円市場に成長するとの予測もある。

日本政府ももちろん宇宙産業を開拓していく方針で、「宇宙基本計画」に基づき、今後10年間で宇宙関連産業を官民合わせて5兆円規模とする目標を立てている。また、2018年度から5年間、日本政策投資銀行や官民ファンドの産業革新機構を通じて、1000億円規模のリスクマネーを民間宇宙ビジネスに投入する方針だ。

しかし、日本の宇宙関連国家予算は年間約3550億円、対する米国は約5兆円と10倍以上の差がある。そうした中で、ispaceのような新しいスタートアップが市場を作っていかねばならない、と袴田氏は強調する。

袴田氏将来的にはNASAのように、日本政府やJAXAが民間の輸送サービスと連携するかもしれません。我々のような民間のスタートアップがそういう形で政府とビジネスをしていく可能性は十分にあります。

そうした中、米中の覇権争いの舞台は宇宙へと広がりつつある。実際、中国は宇宙開発に巨額の投資をしている。その結果、中国は、2019年1月3日、無人探査機を月の裏側に世界で初めて着陸させることに成功した。そうした超大国間の競争の中で日本はどのような立ち位置を取ればよいのだろうか?

袴田氏日本は(宇宙開発で)ヨーロッパと良い関係を保っています。ですから、アメリカとヨーロッパの間に立ってうまくバランスを取ることができるのではないかと思います。日本は技術という点で世界から信頼されていますし、リスペクトもされています。そういった力を活用すれば、日本は安定的な宇宙開発のイニシアチブを取ることができるのではないでしょうか。

水素社会は宇宙先行

地球ではまだまだエネルギーでは化石燃料がメインだ。日本を含め、水素社会の実現に向け、様々な取り組みがなされているが、月に化石燃料はない。エネルギーとして水素を頼らざるを得ないのだ。袴田氏は、水素社会は月を中心として宇宙で先に実現される可能性が高いと考えている。

写真) LADEE (左)が月に激突した際に水蒸気を感知した時の様子
写真)LADEE (左)が月に激突した際に水蒸気を感知した時の様子

出典) NASA

袴田氏結局、宇宙の方が(水素を)初めに導入するにはハードルが非常に低いのではないかと思います。月には家もインフラもこれから作っていくところなので、水素という重要なエネルギー資源を中心としたグラウンドデザインが描けて、実行されていくだろうと思います。

確かに、地球にはすでに原油を中心としたエネルギー供給のインフラが構築されている。そこに水素という全く新しいエネルギー源を導入するには巨額のコストがかかる。だから、宇宙でこそ水素社会なのだ、と袴田氏は言う。宇宙で実現されたら、それが地球にフィードバックされるだろう、とも。

袴田氏(地球で)新しいインフラを導入する時、人間の心理的ハードルも超えなければいけないので、社会導入のコストは高くなります。ですから、宇宙という厳しい環境でサステイナブルな(水素エネルギー供給の)仕組みができたら、じゃあ地球でも導入してみよう、という逆の効果が期待できるのではないかと思っています。

実にスケールの大きい話ではないか。まさにispaceは今、真っ白なキャンパスに絵を書くがごとく、宇宙ビジネスの実現に挑んでいる。そのスケールはとてつもなく大きく、かつどこまでも広がっていきそうだ。我々が想像している以上に宇宙は身近になっている。そうひしひしと感じた。

安倍宏行 Hiroyuki Abe
安倍 宏行  /  Hiroyuki Abe
日産自動車を経て、フジテレビ入社。報道局 政治経済部記者、ニューヨーク支局特派員・支局長、「ニュースジャパン」キャスター、経済部長、BSフジLIVE「プライムニュース」解説キャスターを務める。現在、オンラインメディア「Japan In-depth」編集長。著書に「絶望のテレビ報道」(PHP研究所)。
株式会社 安倍宏行|Abe, Inc.|ジャーナリスト・安倍宏行の公式ホームページ
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